top of page
検索
第1章 今なぜ「参加デザイン」が必要なのか:参加デザイン論①
【内容】 1.集客の時代が変わった 2.「集める」だけでは続かない 3.これからは「参加」を設計する時代へ 1.集客の時代が変わった 「どうすれば、もっと多くのお客様に来てもらえるだろうか。」 これは、商業施設や文化施設、スポーツ施設、観光地など、多くの集客施設が長年考え続けてきたテーマです。 これまでは、新しいイベントを開催したり、有名人を呼んだり、広告を増やしたりすることで集客を図ってきました。そして、多くのお客様が来場すれば、そのイベントは成功だと評価されてきました。 しかし、近年、この成功法則が少しずつ通用しなくなっています。 その理由は、人が減ったからだけではありません。 人口減少や少子高齢化に加え、動画配信サービスやSNS、ゲーム、推し活など、人々の楽しみ方が多様になりました。 私たちは以前よりも多くの選択肢を持つようになり、「今日はどこへ行こうか」だけでなく、「今日は何に時間を使おうか」を選ぶ時代になっています。 つまり、集客施設が競争している相手は、もはや隣の施設ではありません。 人々の限られた「時間」と「関心」を巡る競争
admin
20 時間前読了時間: 3分
第10章 Stayable TownからLovable Townへ
― 成熟社会が目指す新しい街づくり ― 【内容】 1.Walkableだけでは街の魅力は生まれません 2.Stayableが街への愛着を育てます 3.街づくりは「文化を育てる仕事」になります 1.Walkableだけでは街の魅力は生まれません 近年、日本でも「ウォーカブル(Walkable)」という言葉を耳にする機会が増えました。 歩きやすい歩道を整備し、自動車中心だった街を、人が安心して歩ける街へ変えていこうという考え方です。 もちろん、この方向性はとても重要です。 歩けない街では、人は街を楽しむことができません。 しかし、今回メルボルンを歩きながら感じたのは、歩きやすいことだけでは、人は街を好きにはならないということでした。 メルボルンには、歩きやすい道があります。 しかし、それ以上に魅力的だったのは、「思わず立ち止まりたくなる場所」が街中にあることです。 カフェの前で。 レーンウェイで。 広場の階段で。 図書館の前庭で。 ヤラ川の芝生で。 人々は目的地へ急ぐのではなく、その街で過ごす時間そのものを楽しんでいました。 歩けることは、街づくりの
admin
3 日前読了時間: 4分
第9章 街の行動OSという発想
― 空間をつくる時代から、行動を育てる時代へ ― 【内容】 1.魅力的な街には「行動のきっかけ」があります 2.街の行動OSが日常を豊かにします 3.街づくりは「管理」から「誘発」へ 1.魅力的な街には「行動のきっかけ」があります メルボルンを歩いていて、もう一つ気づいたことがあります。 それは、人々が特別な理由もなく、自然に街で過ごしていることでした。 朝のカフェでコーヒーを飲む人。 ヤラ川沿いの芝生に座る人。 図書館前の階段で読書をする人。 レーンウェイで立ち話をする人。 どの行動も、誰かに指示されたものではありません。 イベントがあるからでもありません。 人々が、ごく自然にそうした行動を選んでいるのです。 では、なぜそのような行動が生まれるのでしょうか。 それは、街の中に「やってもよい」という雰囲気や、「こう過ごすと楽しい」という空気があるからです。 ベンチがある。 テラス席がある。 芝生へ座る人がいる。 コーヒーを片手に歩く人がいる。 そうした何気ない風景そのものが、「私もやってみよう」という気持ちを生み出しています。...
admin
6 日前読了時間: 3分
第8章 文化はデザインできる
― コーヒー文化が教えてくれた街の育て方 ― 【内容】 1.文化は自然に生まれるものではありません 2.「楽しみ方」が文化を育てます 3.街づくりも文化を育てる時代になります 1.文化は自然に生まれるものではありません メルボルンを歩いていると、街の至るところにカフェがあります。 朝早くから営業する小さなカフェには、多くの人が立ち寄り、バリスタとの何気ない会話を楽しみながらコーヒーを受け取っていきます。 昼になると、テラス席では仕事の打ち合わせをする人、本を読む人、友人と語り合う人など、それぞれが思い思いの時間を過ごしています。 この光景を見ていると、「メルボルンにはコーヒー文化がある」と感じます。 文化とは単に美味しいコーヒーがあることではありません。 世界中には質の高いコーヒーを提供する店があります。 それだけでは文化にはならないのです。 メルボルンでは、人々がコーヒーを飲みながら街で過ごすことそのものが日常になっています。 待ち合わせをする。 仕事の合間に立ち寄る。 休日に読書をする。 近所の人と会話をする。 そうした日常の行動が積み重なり
admin
9月9日読了時間: 3分
第7章 文化施設は街のリビングになる
― ビクトリア州立図書館に学ぶ文化サードプレイス ― 【内容】 1.図書館は「本を借りる場所」ではありませんでした 2.文化施設は人が過ごすための場所へ変わっています 3.街のリビングが都市の文化を育てます 1.図書館は「本を借りる場所」ではありませんでした メルボルンで最も驚いた施設の一つが、ビクトリア州立図書館でした。 もちろん、多くの蔵書を備えた歴史ある図書館ですが、実際に訪れて感じた印象は、日本の図書館とは大きく異なります。 館内には学生が勉強し、仕事をする人がノートパソコンを開き、観光客が館内を見学しています。親子連れが絵本を読み、高齢者が新聞を読み、カフェでは友人同士が会話を楽しんでいます。 さらに展示スペースやショップもあり、一日いても飽きることがありません。 図書館は「本を借りる施設」ではなく、「一日を過ごす場所」として機能しているのです。 外へ出ると、図書館前の広場には多くの人が座り、本を読んだり昼食を楽しんだりしています。 建物と広場が一体となり、街全体が一つのリビングのような空間をつくり出していました。 その姿を見ながら、私
admin
9月7日読了時間: 3分
第6章 居心地の良い広場には作法がある
― 人は広場ではなく「居心地」に集まる ― 【内容】 1.広場は「イベント会場」ではありません 2.居心地は小さな工夫の積み重ねから生まれます 3.滞在したくなる広場が街を育てます 1.広場は「イベント会場」ではありません メルボルンには大小さまざまな広場があります。 なかでも印象的だったのは、ビクトリア州立図書館前の広場やフェデレーション・スクエアです。 訪れた日も、多くの人が階段に座り、本を読んだり、友人と話したり、昼食を楽しんだりしていました。 特別なイベントが開催されていたわけではありません。 それでも広場には自然と人が集まり、それぞれが思い思いの時間を過ごしています。 日本でも駅前広場や公開空地は数多く整備されています。 しかし、その多くは「イベントを開催する場所」として考えられています。 イベントがある日は賑わいますが、終わると人がいなくなる。 一方、メルボルンの広場は違います。 イベントがなくても、人が集まり、滞在し、日常を楽しむ場所になっています。 つまり、広場の役割はイベントを開催することではありません。 日常を豊かにすることな
admin
9月4日読了時間: 4分
第5章 水辺は都市最大のサードプレイス
― ヤラ川が教えてくれた「滞在する街」のつくり方 ― 【内容】 1.ヤラ川は「眺める川」ではなく「過ごす川」でした 2.人が集まるのは、水辺ではなく「過ごし方」です 3.日本の水辺も、もっと暮らしに開くことができます 1.ヤラ川は「眺める川」ではなく「過ごす川」でした メルボルンを訪れて驚いたのは、ヤラ川が街の中心的な居場所になっていたことです。 休日になると、多くの人が川沿いを散歩し、芝生に座り、テラスで食事を楽しみ、ただ景色を眺めながらゆったりとした時間を過ごしています。 川沿いにはレストランやカフェが連なり、遊歩道にはランナーやサイクリスト、犬の散歩を楽しむ人々が行き交います。橋の下には(橋脚を活かした)水上カフェまであり、街全体が川と一体となって暮らしているように感じられました。 印象的だったのは、多くの人が「何かをするため」に来ているのではないことです。 本を読む人、友人と語り合う人、芝生で昼寝をする人、ただベンチに座って川を眺める人。それぞれが思い思いの時間を楽しんでいます。 都市の中に、このような「何もしなくても心地よい場所」がある
admin
9月3日読了時間: 3分
第4章 街は余白から面白くなる
― レーンウェイが教えてくれた都市の可能性 ― 【内容】 1.レーンウェイは街の「裏側」ではありません 2.人は「近道」より「寄り道」を楽しみます 3.日本にも眠る「街の余白」を活かせます 1.レーンウェイは街の「裏側」ではありません メルボルンを歩いていて、最も印象に残った場所の一つが「レーンウェイ」です。 細い路地に小さなカフェや雑貨店、ギャラリーが並び、多くの人が思い思いの時間を過ごしています。観光客だけでなく、近くで働く人や地元の人も自然に立ち寄り、街の日常がそこにあります。 もともとレーンウェイは、建物の裏側に設けられたサービス動線でした。荷物の搬入やゴミの収集など、表通りを支えるための裏方の空間だったのです。 しかし、メルボルンではその空間を「街の余白」として捉え直しました。 車ではなく人が歩く場所へ変え、小さな店舗や壁面アートを誘導し、歩くだけで楽しい空間へと育てていったのです。 そこには大規模な再開発はありません。 既にある街の魅力を丁寧に磨き上げるという発想があります。 街の価値は、新しいものをつくることだけで生まれるのではあり
admin
8月31日読了時間: 3分
第3章 街を育てる基本原則
― Mixed Use × Active Frontage が街を変える ― 【内容】 1.用途を混ぜることが街の活力を生みます 2.建物の一階が街の表情を決めます 3.街を設計する時代へ 1.用途を混ぜることが街の活力を生みます メルボルンの街を歩いて最初に感じたのは、「時間によって街の表情が変わる」ということでした。 朝は通勤する人がコーヒーを片手に歩き、昼には近くのオフィスワーカーや観光客がカフェや広場で思い思いの時間を過ごしています。夕方になると仕事帰りの人がレストランやバーへ立ち寄り、夜になっても街には適度な賑わいが続きます。 休日になると、今度は家族連れや学生、旅行者が街の主役になります。 つまり、一日の中で街を利用する人が自然に入れ替わっているのです。 この背景にあるのが、「Mixed Use(ミクストユース)」という考え方です。 住宅、オフィス、商業施設、ホテル、文化施設などを一つのエリアに適度に混在させることで、一日を通じて人の流れを生み出しています。 日本では、住宅地、商業地、業務地を明確に分ける都市計画が中心でした。そのため
admin
8月28日読了時間: 4分
第2章 メルボルンはなぜ世界一住みやすい街になったのか
― 都市再生が生み出した「暮らしの質」― 【内容】 1.メルボルンは20年以上かけて街を育ててきました 2.目指したのは「24時間人が暮らす都心」でした 3.住みやすさは「都市の文化」から生まれました 1.メルボルンは20年以上かけて街を育ててきました オーストラリア第二の都市メルボルンは、現在、「世界で最も住みやすい都市」の一つとして広く知られています。 街を歩いていると、その理由はすぐに分かります。 朝は通勤する人とカフェでくつろぐ人が混ざり合い、昼には広場や公園で思い思いに過ごす人々の姿があります。夕方になるとレストランやバーが賑わい、休日にはヤラ川沿いで家族や友人とゆったりとした時間を楽しむ人々であふれます。 街全体に、人が自然に滞在し、思い思いの時間を楽しむ空気が流れているのです。 しかし、この街並みは最初から存在したわけではありません。 1990年代までのメルボルン中心部は、現在とは大きく異なる街でした。昼間はオフィスワーカーで賑わう一方、夜や休日になると人通りが少なくなる典型的な業務中心都市だったのです。 そこでメルボルン市は、「2
admin
8月26日読了時間: 4分
第1章 今、街づくりをアップデートするのか メルボルンの街づくり ①
― 成長社会から成熟社会へ ― 【内容】 1.現在の街づくりは「高度成長という時代の解答」でした 2.しかし、街を取り巻く前提条件は大きく変わりました 3.これからは「文化を育てる街づくり」が求められます 1.現在の街づくりは「高度成長という時代の解答」でした 私たちが暮らしている都市の多くは、高度経済成長期に形づくられました。 人口が増え、都市へ人が集まり、住宅やオフィスが不足していた時代です。 街づくりに求められたのは、できるだけ多くの人が便利に暮らせる環境を、できるだけ早く整備することでした。 そのため、住宅地、商業地、オフィス街と用途を分け、道路や鉄道を整備し、大規模なビルや商業施設を建設することが都市開発の中心となりました。 不動産ディベロッパーは、社会が求める空間を大量に供給し、日本の経済成長を支えてきました。 住宅不足を解消し、人々の働く場所や買い物をする場所を整えたことは、日本社会にとって大きな役割だったと言えるでしょう。 つまり、現在の街づくりは、「成長社会」という時代の課題に対する最適な解答だったのです。...
admin
8月24日読了時間: 3分
第10章 しなやかな社会へ 情感資本によるしなやか社会づくり ⑩
【内容】 1.効率だけでは、幸せな社会はつくれません 2.MINYOは、一人ひとりが始められる文化です 3.情感資本が、しなやかな社会を育てます 1.効率だけでは、幸せな社会はつくれません 本シリーズは、「効率が悪い」と言いたいわけではありません。 むしろ、効率はこれからも社会に欠かすことのできない基盤です。 医療も、防災も、交通も、行政も、効率があるから私たちの暮らしは支えられています。 しかし、効率には得意なことと苦手なことがあります。 効率は、物を届けることはできます。 けれど、人に生きる意味を届けることはできません。 効率は、時間を短縮できます。 けれど、人との信頼や愛着を短期間で育てることはできません。 効率は、利益を生み出せます。 けれど、人の喜びや哀しみを分かち合うことはできません。 だから成熟社会では、「効率か文化か」という二者択一ではなく、「効率と文化」という二つの豊かさが必要になります。 効率が暮らしを支え、文化が人生を支える。 この二つがそろって初めて、人は安心して未来を描くことができるのではないでしょうか。...
admin
8月21日読了時間: 4分
第9章 情感資本という新しい豊かさ 情感資本によるしなやかな社会づくり ⑨
【内容】 1.豊かさには、もう一つの「資本」があります 2.MINYOは情感資本を育てます 3.成熟社会は、情感資本を育てる社会になります 1.豊かさには、もう一つの「資本」があります これまで私たちは、「豊かさ」をさまざまな資本によって支えられてきました。 お金や土地、建物といった資産は「経済資本」です。 人と人との信頼やネットワークは「社会資本」と呼ばれています。 どちらも、社会にとって欠かせないものです。 しかし、成熟社会では、それだけでは説明できない豊かさがあります。 例えば、「この街へ帰ってくると安心する」という気持ち。 「この人たちと一緒にいると元気になる」という感覚。 「この店があるから、この街が好きだ」と思えること。 これらは、お金では買えません。 人とのつながりだけでも説明できません。 そこには、その場所で積み重ねてきた思い出や、共に過ごした時間、分かち合ってきた喜びや哀しみがあります。 つまり、人や地域には、長い時間をかけて育まれる「情感の蓄積」があるのです。 私は、この蓄積を「情感資本」と呼びたいと思います。...
admin
8月19日読了時間: 3分
第8章 MINYOが情感を社会の力へ変える 情感資本によるしなやかな社会づくり ⑧
【内容】 1.情感は、一人のものではありません 2.MINYOは、人と地域の関係を育てます 3.小さな作法は、社会の豊かさになります 1.情感は、一人のものではありません 私たちは、情感を「個人のもの」だと考えがちです。 嬉しかったこと。 悲しかったこと。 悔しかったこと。 感動したこと。 確かに、それらは一人ひとりの心の中で生まれます。 しかし、その情感は、人と分かち合われた瞬間に少し性質が変わります。 例えば、誰かと一緒に桜を見ると、「きれいですね」という一言だけで、その景色は思い出になります。 地域のお祭りでは、「今年も無事に開催できたね」と喜びを共有します。 お気に入りのお店を友人に紹介すると、その店は自分だけの場所ではなく、みんなの居場所になります。 つまり、情感は共有されることで、人と人との間に新しい意味を生み出します。 日本文化は、このことをよく知っていました。 だから、歌い、祝い、祈り、語り合う作法を育ててきたのです。 MINYOもまた、その知恵を現代に受け継ぐ作法です。 一人の感情を、みんなで分かち合えるものへ育てていく。 そこ
admin
8月17日読了時間: 3分
第7章 社寺は情感を育てる文化基盤だった 情感資本によるしなやかな社会づくり ⑦
【内容】 1.社寺は、人生に寄り添う場所でした 2.社寺には、人々の情感を育てる作法がありました 3.現代にも、新しい社寺が必要です 1.社寺は、人生に寄り添う場所でした 神社やお寺というと、多くの人は「願い事をする場所」という印象を持っているかもしれません。 初詣では一年の健康を祈り、受験では合格を願い、お盆にはご先祖を供養します。 しかし、よく考えてみると少し不思議です。 お願い事がなくても神社を訪れる人がいます。 旅行先では、その土地の社寺へ立ち寄る人も少なくありません。 静かな境内を歩くだけで心が落ち着くという人もいます。 もし社寺が「願いをかなえる場所」だけであるなら、このような行動は説明できません。 私は、社寺にはもっと大きな役割があったのではないかと思います。 それは、人が人生と向き合い、自分の情感を静かに見つめ直す場所だったということです。 人生には、自分の努力だけではどうにもならないことがあります。 病気や災害。 大切な人との別れ。 子どもの成長。 新しい人生への旅立ち。 そうした人生の節目に、人々は社寺を訪れました。 社寺
admin
8月12日読了時間: 3分
第6章 MINYOは暮らしを文化へ育てる 情感資本によるしなやかな社会づくり ⑥
【内容】 1.文化は、特別な日ではなく日常から生まれます 2.MINYOは、暮らしの情感を分かち合う作法です 3.小さな作法が、やがて地域文化になります 1.文化は、特別な日ではなく日常から生まれます 「文化」という言葉を聞くと、多くの人は伝統芸能や美術館、歴史的な祭りなどを思い浮かべます。 もちろん、それらも文化です。 しかし、本当に文化は特別な場所だけで育まれるものなのでしょうか。 私は、そうは思いません。 文化は、もっと身近なところから始まります。 毎朝、近所の人へ「おはようございます」と声を掛けること。 いつもの喫茶店で店主と季節の話をすること。 毎年同じ桜を見に行くこと。 お気に入りの器でコーヒーを飲むこと。 どれも小さな出来事です。 しかし、その小さな出来事が繰り返されることで、人は少しずつその場所に愛着を持ち、季節を感じ、人とのつながりを育んでいきます。 文化とは、突然生まれるものではありません。 何気ない日常が積み重なり、人の心に意味が育ち、その意味が人と共有されることで、初めて文化になります。 だから、文化の始まりはいつ
admin
8月10日読了時間: 3分
第5章 現代のMINYOという発明 情感資本によるしなやかな社会づくり ⑤
【内容】 1.私たちは、新しい作法を必要としています 2.MINYOとは、現代の作法です 3.MINYOは文化を未来へ編集する試みです 1.私たちは、新しい作法を必要としています これまで見てきたように、日本文化は長い時間をかけて、人々の情感を分かち合う作法を育ててきました。 民謡は歌を通して、人々の喜びや苦労を共有しました。 祭りは、一年の実りや願いを地域全体で祝い、共に生きる喜びを育てました。 民藝は、毎日使う道具を美しくすることで、暮らしそのものを豊かにしました。 社寺は、人生の節目に立ち止まり、自分や家族、地域とのつながりを見つめ直す場でした。 しかし、現代では、そのような作法に触れる機会が少なくなっています。 地域とのつながりは薄れ、祭りや民謡に参加する人も減りました。 暮らしは便利になりましたが、人と自然に情感を分かち合う場面は少しずつ失われています。 だからといって、昔の文化をそのまま復活させればよいとは思いません。 現代には現代の暮らしがあります。 必要なのは、日本文化が育んできた知恵を、現代の暮らしに合う形へ編集し直すこ
admin
8月7日読了時間: 3分
第4章 日本文化は「作法」を育ててきた 情感資本によるしなやかな社会づくり ④
【内容】 1.文化は、「作法」として受け継がれてきました 2.日本文化には、情感を育てる作法がありました 3.今、私たちは新しい作法を必要としています 1.文化は、「作法」として受け継がれてきました 文化は、本を読んだだけでは身につきません。 誰かに教えられるだけでもありません。 私たちは、日々の暮らしの中で繰り返し実践することで、少しずつ文化を身につけてきました。 例えば、お正月になると初詣へ行きます。 家へ上がる前には靴をそろえます。 食事の前には「いただきます」と言います。 お茶を入れるときには相手を思いやります。 これらは法律で決められたものではありません。 誰かに強制されるものでもありません。 それでも、多くの人が自然に続けています。 なぜでしょうか。 それは、これらが「作法」だからです。 作法とは、単なる決まりごとではありません。 人との関係を大切にし、自分の心を整え、暮らしを豊かにするために育まれてきた知恵です。 文化は理念として語られるだけでは続きません。 日々の作法として実践されることで、初めて暮らしの中に根づいていくの
admin
8月5日読了時間: 3分
第3章 日本文化は情感を育てる知恵だった 情感資本によるしなやかな社会づくり ③
【内容】 1.日本文化の本質とは何でしょうか 2.日本文化は情感を美しく分かち合ってきました 3.文化とは、情感を分かち合う生活の知恵です 1.日本文化の本質とは何でしょうか 「日本文化」と聞くと、多くの人は何を思い浮かべるでしょうか。 茶道や華道、能や歌舞伎、あるいは神社やお寺を思い浮かべる人もいるでしょう。 一方で、民藝や民謡、祭りや年中行事など、もっと暮らしに近いものを思い浮かべる人もいるかもしれません。 こうして並べてみると、日本文化には実にさまざまな形があります。 しかし、私は長い間、「これらに共通するものは何なのだろう」と考えてきました。 例えば、民藝は日用品です。 民謡は歌です。 祭りは行事です。 社寺は場所です。 それぞれ形も役割も違います。 にもかかわらず、私たちはどれも「日本文化」と呼んでいます。 その理由はどこにあるのでしょうか。 私は、その共通点は「人の情感」と深く関わっていることだと思います。 人は嬉しいときに祝い、悲しいときに祈ります。 季節が巡れば花を愛で、大切な人を失えば手を合わせます。...
admin
7月31日読了時間: 4分
第2章 成熟社会は「意味」を求める時代になる 情感資本によるしなやかな社会づくり ②
【内容】 1.人は「意味」があるから生きていける 2.文化は人生に意味を与えてきました 3.成熟社会には、新しい生活規範が必要になります 1.人は「意味」があるから生きていける 私たちは、不安や悩みをできるだけなくしたいと思っています。 病気になりたくない。 失敗したくない。 孤独になりたくない。 もちろん、それは自然な気持ちです。 しかし、本当に人は「不安そのもの」に苦しんでいるのでしょうか。 例えば、子どもが初めて一人で学校へ行く朝。 親は心配になります。 受験の日には、多くの人が緊張します。 新しい仕事に挑戦するときも、不安になります。 けれども、その不安を「なくしたい」と思う人は少ないでしょう。 なぜなら、その不安には意味があるからです。 大切な子どもだから心配する。 夢があるから挑戦する。 守りたいものがあるから悩む。 私たちは、不安そのものではなく、「この不安には意味がある」と思えることで前へ進むことができます。 反対に、意味を見失ったとき、人は同じ出来事でも深く傷つきます。 仕事が評価されない。 誰にも必要とされていない気が
admin
7月29日読了時間: 4分
bottom of page
