top of page
検索

ダイバーシティによる視野拡張

  • 執筆者の写真: 松岡 一久
    松岡 一久
  • 2018年9月13日
  • 読了時間: 2分

昨日 超福祉展関連でダイバーシティ・ワークショップを開催しました。聴覚障害、視覚障害など人たちを含む30人で、多数の企業人も参加いただきました。「耳が聞こえない」「目が見えない」体験のあと「当事者の街での困りごと」などをヒヤリングし、企業人など含めて一緒に解決アイディアを捻り出すという構成でした。4時間を超える長時間ワークショップですが、皆さん「一堂に会する機会」の貴重さを口にされていました。私自身も障害メンバーのやり取りを通じて、普段感じない「視野が拡張していく感覚」を得られました。同じ環境の仲間うちでの「楽なコミュニケーション」では得られない新鮮な楽しさでした。また視覚障害メンバーの困りごととして「信号、エスカレーターの上下、自動改札の出入がわからない」というお話を伺って、自分を含む計画関係者のイマジネーションの大切さを痛感しました。と同時に障害者に手助けの声がけをしても断られることについて当事者もいろいろな状況があるので「断られることにも馴れてくださいね」というコメントを貰い、妙に納得しました。

そせて何よりもこれらの困りごとに対して「全てをプラットフォーム的」に解決するのでは無く、断られることに馴れる的」なリテラシーとの両立が必要なのだと実感したワークショップでした。今回のワークショップスタイルを進化させて11月の超福祉展本番に臨みたいと思います。

 
 
 

最新記事

すべて表示
漫画立国論 ③

漫画の“効き方”と日本の感性 ―― 美意識・コミュニケーション様式との親和性 ――   【内容】 第1章 マンガは「余白を読む社会OS」です 第2章 マンガは「うまくいかない日常」を処理します 第3章 マンガという社会OSが果たす現代的役割     第1章 マンガは「余白を読む社会OS」です 日本の文化には、すべてを説明しきらず、決めつけないことを良しとする感性があります。 建築や庭園、芸能、会話

 
 
 
マンガの定義:漫画立国論 ②

【内容】 第1章 マンガは日本社会が育ててきた「感情処理の技術」です 第2章 マンガは「描かれる価値」を社会に広げてきました 第3章 マンガという社会OSの定義     第1章 マンガは日本社会が育ててきた「感情処理の技術」です 「マンガ」というと娯楽や産業を思い浮かべがちですが、ここではもう一段深い定義が必要です。 マンガとは、人々の実生活や感情、言葉にしづらい違和感を、連続する視覚表現によって

 
 
 
なぜ今、マンガという社会 OSが必要なのか 漫画立国論 ①

【内容】 第1章 社会は「説明できない苦しさ」を処理できなくなっています 第2章 マンガは「主張しない公共言語」です 第3章 マンガという社会OSを持つという選択     第1章 社会は「説明できない苦しさ」を処理できなくなっています いまの社会には、かつてとは質の異なる苦しさが広がっています。 失業率や所得のように数字で示せず、制度や責任論でも整理できない、「うまく言葉にできない生きづらさ」と言

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。
bottom of page