都市論の変遷 マインド・メイキング ③
- admin
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【内容】
第1章 モダニズム都市から「人間の都市」への転換
第2章 プレイス・メイキングの成熟と限界
第3章 マインド・メイキングへの進化:意味の再生としての都市
第1章 モダニズム都市から「人間の都市」への転換
20世紀初頭、都市開発の主流は、合理性と機能性を最優先するモダニズム都市論でした。ル・コルビュジエに代表されるこの思想は、都市を「機械」と捉え、ゾーニングや交通効率によって秩序を実現しようとしました。
しかし、高度経済成長期を経て、こうした都市は整然としていても、どこか無機質で“人の温度を失った街”となりました。
1960年代以降、この反省から登場したのが、人間中心の都市論です。
ジェイン・ジェイコブズの『アメリカ大都市の死と生』は、「街の豊かさは多様な人の活動が生む」と訴え、ウィリアム・ホワイトやケヴィン・リンチも「人間の感覚と記憶に根ざした都市像」を提示しました。これらの潮流は、都市を“構造物”ではなく“人間的な生態系”として捉え直す契機となり、以降のプレイス・メイキング(Place Making)の基礎を形づくりました。
つまり、ハードではなくソフト——すなわち、人々の交流・体験・関係性を中心に据える思想への転換です。
第2章 プレイス・メイキングの成熟と限界
21世紀に入ると、世界各地で「プレイス・メイキング」が都市政策や再開発の重要なキーワードとなりました。デンマークのヤン・ゲールは『人間のための都市』で、「良い都市とは人が歩き、立ち止まり、語り合う場所である」と述べ、公共空間のデザインに“人間スケール”を取り戻すべきだと説きました。
これにより、世界の都市は広場・ストリート・ウォーターフロントなどを中心に、再び「人が集う都市」へと進化を遂げました。
しかし同時に、この潮流には限界も見え始めました。それは、プレイス・メイキングが“空間の活性化”にとどまり、「なぜここに集うのか」*という根源的な問いに答えきれなかったことです。
この動向はコロナ禍を経てより顕著になりました。
どれほど居心地が良く、デザイン性に優れていても、その場所が「何を信じ、何を象徴するのか」が曖昧なままでは、長期的な共感は生まれないのではないでしょうか。
結果として、施設は“流行と共に消費される場所”に留まる傾向が強まりました。
この反省から、「都市のハード」でもなく、「人の行動」でもなく、「場所が持つ意味や精神(マインド)」に焦点を当てた次のステージが模索されるようになりました。
これこそが、マインド・メイキングの登場につながる文脈だといえます。
第3章 マインド・メイキングへの進化:意味の再生としての都市
マインド・メイキング(Mind Making)は、プレイス・メイキングの発展形であり、都市を“意味の体系”として再生する試みです。
それは、人々が「この街に何を託したいか」「どんな想いを共有したいか」を可視化するプロセスであり、物理的整備ではなく“心の共創”を軸とします。
この考え方の根底には、近年の都市社会学や文化人類学の潮流も影響しています。たとえばエリック・クリネンバーグは、著書『集まる場所が必要だ』で「社会的インフラ(social infrastructure)」を提唱し、コミュニティのつながりが都市の生命線であると述べました。
また、アッシュ・アミンやナイジェル・スリフトらは、都市を「関係と感情のネットワーク」として再定義し、“生きた集合体”としての都市像を提示しています。
マインド・メイキングは、こうした学問的系譜の延長線上にありながらも、さらに一歩進めて「精神的インフラ(mind infrastructure)」の創出を目指します。
それは、街の中に“心の拠点”を設け、そこを中心に人々が共感・応援・奉納・参加といった行為を通じて循環する仕組みです。
商業施設の「グリーン・サンクチュアリ」や「和心殿」などの試みは、まさにこの思想を具現化した例といえるでしょう。
つまり、マインド・メイキングとは——プレイス・メイキングが「人を集める都市」をつくったのに対し、「心を結び直す都市」をつくる運動だといえます。
この転換こそが、これからの都市論における最大の潮流となり、経済と文化、個人と社会、過去と未来をつなぐ「意味のデザイン」への進化と言えるのではないでしょうか。
モダニズムが“機能の都市”を築き、プレイス・メイキングが“人の都市”を取り戻しました。そして今、マインド・メイキングは“心の都市”を再生しようとしています。それは、都市が再び“生きる理由”を取り戻すための次ステップであり、人が“帰りたいと思える街”を生み出すための、静かで深い革命だといえます。

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