第2章 メルボルンはなぜ世界一住みやすい街になったのか
- admin
- 11 分前
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― 都市再生が生み出した「暮らしの質」―
【内容】
1.メルボルンは20年以上かけて街を育ててきました
2.目指したのは「24時間人が暮らす都心」でした
3.住みやすさは「都市の文化」から生まれました
1.メルボルンは20年以上かけて街を育ててきました
オーストラリア第二の都市メルボルンは、現在、「世界で最も住みやすい都市」の一つとして広く知られています。
街を歩いていると、その理由はすぐに分かります。
朝は通勤する人とカフェでくつろぐ人が混ざり合い、昼には広場や公園で思い思いに過ごす人々の姿があります。夕方になるとレストランやバーが賑わい、休日にはヤラ川沿いで家族や友人とゆったりとした時間を楽しむ人々であふれます。
街全体に、人が自然に滞在し、思い思いの時間を楽しむ空気が流れているのです。
しかし、この街並みは最初から存在したわけではありません。
1990年代までのメルボルン中心部は、現在とは大きく異なる街でした。昼間はオフィスワーカーで賑わう一方、夜や休日になると人通りが少なくなる典型的な業務中心都市だったのです。
そこでメルボルン市は、「24時間人が暮らす都心」を目標に掲げ、都市再生に取り組んだのです。
住宅を増やし、公共空間を整備し、歩行者を中心に据えた街へ少しずつ転換していきます。
その成果が現れるまでには20年以上という長い年月がかかりましたが、その積み重ねが現在の街の魅力につながっています。
2.目指したのは「24時間人が暮らす都心」でした
メルボルンの都市再生で特徴的なのは、建物を増やすことそのものを目的にしなかったことです。
目指したのは、「人が一日中過ごしたくなる街」をつくることでした。
そのために、住宅、オフィス、商業、文化施設、公園などをバランスよく配置し、朝から夜まで、平日も休日も人の流れが続く街を目指しました。
さらに、小さな路面店舗やカフェを積極的に誘導し、建物の一階部分には街へ開かれた空間を設けました。
建物と歩道の境界をできるだけ曖昧にし、テラス席やオープンカフェ、人が立ち寄りたくなる店先を数多く整備しています。
また、裏路地だったレーンウェイを魅力ある歩行空間へと再生し、小さな店舗やアート、音楽などが街の日常に溶け込む環境を育てました。
こうした一つ一つの工夫は決して派手ではありません。
しかし、小さな工夫が積み重なることで、人が歩きたくなり、立ち寄りたくなり、街で過ごす時間が自然と長くなっていきます。
都市計画とは、建物を配置することではなく、人の行動をデザインすることでもある。そのことをメルボルンは教えてくれます。
3.住みやすさは「都市の文化」から生まれました
メルボルンは、「世界で最も住みやすい都市」と評価されています。
もちろん、その背景には公共交通や医療、教育など、都市としての高い機能があります。
しかし、実際に街を歩いて感じた魅力は、それだけではありませんでした。
公園や広場では誰もが気軽に芝生へ座り、本を読み、会話を楽しんでいます。
ヤラ川沿いでは、人々がベンチや階段に腰掛け、景色を眺めながらゆったりとした時間を過ごしています。レーンウェイでは小さなカフェやギャラリーが日常の風景となり、街全体が一つの文化空間のように感じられます。
つまり、この街には「何か特別なイベント」があるから人が集まるのではありません。
何気ない日常そのものが楽しいのです。
人が過ごす時間が街の魅力となり、その魅力がさらに人を呼び込み、街への愛着を育てる。この好循環こそが、メルボルンが長い時間をかけて築き上げてきた都市文化なのでしょう。
世界一住みやすい街とは、設備や建物が優れている街ではありません。
そこに暮らす人々が街を楽しみ、街との関係を育て続けている街ではないでしょうか。
次章では、その魅力を支えている具体的な仕組みとして、「Mixed Use(用途の混在)」と「Active Frontage(アクティブフロント)」という、メルボルンの街づくりの基本原則について見ていきます。

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