第4章 街は余白から面白くなる
- admin
- 7 時間前
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― レーンウェイが教えてくれた都市の可能性 ―
【内容】
1.レーンウェイは街の「裏側」ではありません
2.人は「近道」より「寄り道」を楽しみます
3.日本にも眠る「街の余白」を活かせます
1.レーンウェイは街の「裏側」ではありません
メルボルンを歩いていて、最も印象に残った場所の一つが「レーンウェイ」です。
細い路地に小さなカフェや雑貨店、ギャラリーが並び、多くの人が思い思いの時間を過ごしています。観光客だけでなく、近くで働く人や地元の人も自然に立ち寄り、街の日常がそこにあります。
もともとレーンウェイは、建物の裏側に設けられたサービス動線でした。荷物の搬入やゴミの収集など、表通りを支えるための裏方の空間だったのです。
しかし、メルボルンではその空間を「街の余白」として捉え直しました。
車ではなく人が歩く場所へ変え、小さな店舗や壁面アートを誘導し、歩くだけで楽しい空間へと育てていったのです。
そこには大規模な再開発はありません。
既にある街の魅力を丁寧に磨き上げるという発想があります。
街の価値は、新しいものをつくることだけで生まれるのではありません。
見過ごされていた場所に新しい役割を与えることでも生まれるのです。
2.人は「近道」より「寄り道」を楽しみます
レーンウェイを歩いていると、不思議なことに目的地へ急ぐ気持ちが薄れていきます。
「この先には何があるのだろう。」
「ちょっと入ってみよう。」
そんな小さな好奇心が次々と生まれます。
もちろん、レーンウェイは通り抜けることもできます。
しかし、多くの人は一直線に歩きません。
店先を眺めたり、コーヒーを買ったり、壁画を写真に撮ったりしながら、自然と滞在時間が長くなります。
つまり、レーンウェイは「移動する空間」ではなく、「滞在する空間」なのです。
都市では効率が重視されがちです。
最短距離で目的地へ行くことが良い街だと考えられてきました。
しかし、成熟社会では少し違います。
途中で寄り道をしたくなる街、偶然の出会いがある街の方が、人々の記憶に残ります。
街の魅力とは、目的地だけで決まるものではありません。
目的地へ向かう過程そのものが楽しいことも、都市の大きな価値なのです。
3.日本にも眠る「街の余白」を活かせます
日本にはレーンウェイが少ないと思われがちですが、私はそうは考えていません。
街を歩いてみると、公開空地、ビルのピロティ、通り抜け通路、河川沿いの遊歩道、駅前広場、神社の境内など、多くの「余白」が存在しています。
しかし、その多くは単なる通路や空きスペースとして扱われています。
もし、そこへ小さなカフェや壁面アートがあったらどうでしょう。
ベンチがあり、本を読める場所があったらどうでしょう。
週末だけマルシェが開かれ、地域の人が自然に集まる場所になったらどうでしょう。
空間そのものは変わらなくても、人の過ごし方は大きく変わります。
メルボルンが教えてくれたのは、「街の魅力は広い空間から生まれるのではなく、小さな余白の積み重ねから生まれる」ということでした。
日本の街づくりも、新しい街を一からつくる時代から、今ある街をもっと楽しめるように育てる時代へ移りつつあります。
その第一歩は、見過ごされてきた余白を、人が滞在し、交流し、楽しめる場所へと仕立て直すことではないでしょうか。
次章では、街の余白の中でも最も大きな可能性を持つ「水辺空間」に注目します。メルボルンのヤラ川は、単なる河川ではなく、市民の日常を支える「街のリビング」として機能しています。その魅力から、日本の水辺活用の可能性を考えていきます。

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