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実はマーケティング志向だった社寺仏閣:社寺再生 ④

執筆者の写真: admin
admin
2022年11月28日
読了時間: 2分

歴史と伝統のイメージが強い神社仏閣ですが、実は時代のニーズに対応して、様々なマーケティング施策・観光振興策を駆使してきました。

  1. 清水寺の観光振興

  2. 太宰府の学業成就

  3. 川崎大師の初詣

  4. 湯島天神の絵馬

  5. 浅草神社の夏詣で



1.清水寺の観光振興

昭和30年頃まで、清水寺の観光客は極めて少なく、産寧坂には店舗もなかったと言います。そこで清水寺は観光振興のために、御堂の下を大随求菩薩の胎内に見立てた「胎内巡り」を発案し、産寧坂への店舗誘致を図ります。この施策がメディアに取り上げられ、観光客が激増し、産寧坂を中心に、土産物店舗も軒を連ねるようになりました。


2.太宰府の学業成就

太宰府天満宮は、昭和30年頃までは、福岡から1時間かかるという立地もあり、年間参拝者数が30万人程度にとどまっていました。ベビーブーム、受験ブームを踏まえて、太宰府天満宮は、主神の「まことごころの神」の神威の一側面である「学業成就」にフォーカスします。年間750万人を集めるようになるとともに、大型駐車場と参道エリアとを設け、地域の活性化に寄与したのです。


3.川崎大師の初詣

江戸時代にも「恵方詣り」と言う習俗は、ありましたが一般的とはいえませんでした。「初詣」は、正月にお客を増やすために、京急電鉄と川崎大師とで考案され、明治以降に定着した習俗なのです。初詣の意義を「一年を無事に過ごせたことを神様に感謝し、新しい年の御加護を祈るもの」と後付けの説明がなされ、成田山新勝寺でも同様の宣伝が行われました。


4.湯島天神の絵馬

絵馬の由来は、もともと生きた神馬を神社に奉納していたが、時代とともに大きな奉納絵馬額に変化したものと言われます。昭和48年に湯島天神が「合格祈願」を目的に、現在の形の絵馬を発案し、これが大ヒットして、全国の社寺に波及していったのです。


5.浅草神社の夏詣で

近年の事例では、2014年に浅草神社が「夏詣」という新習俗を発案しています。新年同様に「夏越しの大祓」の翌日にも神社を詣でようというもので、浴衣の着付けや流しそうめん、うなぎ奉納祭り、七夕飾り教室などの催しで、浅草の夏の風物詩として定着しつつあります。


このように神社仏閣は、時代に対応させながら、様々な「習俗」を考案、普及させてきた「観光・集客拠点」だったのです。

 
 
 

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